2019年のスーパーボウルはいろいろな理由から失敗だったと言える。それらの理由の中には、マーケターのコントロールに起因するものもあるし、そうでないものもある。タッチダウンよりパントが多かったことや、ハーフタイムショーが視聴者にとってあまり魅力的ではなかったことは誰の責任でもないが、それらの周辺での広告やマーケティングキャンペーンにクリエイティビティが欠けていたことが残念だ。その多くは輝きがなく、記憶に残らなかった。ニールセンによれば、今年のスーパーボウル期間中を家で過ごした人たちは44.9ポイントで、前年比で5%少ないという。

ゲームを観戦した人の数も過去11年間で最低となり、スーパーボウルにチャンネルを合わせていた家庭はわずか9,820万だった。この下降傾向から見てとれることは、広告で成功すること、特に大規模なライブイベントのある時に、それを利用した手法で成功するのがいかに困難であるかということだ。人々の関心事は断片化され、視聴者の視線が向かう先は大画面から手元の画面へと変わった今、マーケターたちはどのように理解し、対処していけばいいのだろうか?

“Wow”はどこに?

マーケティングの視点からすると、スーパーボウルは過大評価されている、と私は思う。ブランドが広告の最高潮の瞬間に視聴者の注意を惹きつけようとすればするほど、広告は過剰な売り込でインスピレーションに欠けたものとなってしまう。ハリソン・フォード、ジョン・レジェンド、ルーク・ウィルソンなどのセレブ(ルークはセレブなのか?はさておいて)、それにカーディ・Bなどがテレビの大画面を彩り、広告が次から次へと流れる。セレブは誰もが知っており大衆に対するアピールがあるが、彼らに対して一様に、または一様でないにしても、誰もがそれほど強い印象を持っているわけではない。あるセレブがあるブランドを代表する顔として適していなかったとしても、そんなことは誰も知ったことではない。

月曜の昼休みに、1人の同僚が「今年はドリトスの広告がなかった」と嘆いていた。が、実際には、ドリトスの広告はあった。これはスーパーボウルがいかに国民の一体感のないものになったのかを示す一例だ。

映画のアワードやスポーツの大舞台がTVを賑わす時期が近づき(バスケのマーチ・マッドネス、ゴルフのザ・マスターズ、映画のアカデミー賞がもうすぐ始まる)、私はマーケターたちに、大イベントの罠には気を付けるよう促した。とにもかくにもやってみなければわからない、という時代ではないのだ。ライブイベントが小休止してタレント登場、レーティングの最中、いかに視聴率を稼ぎポジティブレビューを得るかというプレッシャーはかなり大きい。今年のアカデミー賞で起きた事態を見たらわかるのではないか。ホスト不在で、ショーは方向性を失っている。ブランドの立場になってみたとしたら、このようなイベントに連携してチャンスを得ようと本当に思えるだろうか?

近藤麻理恵(KonMari・コンマリ)ならどうするだろうか?

私の妻はNetflixで近藤麻理恵(米国で活動する片づけコンサルタント、通称 コンマリ・KonMari)の新しいショーを視聴三昧していたのだが、マーケターや広告主は近藤麻理恵のアプローチの1つか2つからでも、前述の大イベントに際して学べることがあるのではないか、と思わずにはいられない。気晴らしにちょっと聞いていただけないだろうか。今年のスーパーボウル期間中、これを実践していたブランドは少数だった。

スキットルズは長年維持してきた従来の広告枠を見送ることを初めて決めた。そしてマイケル・C・ホールがキャットスーツを着てスキットルズについて語りながら踊るという、30分間のファンタジー盛りだくさんの「スキットルズ・ブロードウェイ・ミュージカル」を上演した。また、インスタグラムEggは心の病の自覚について話すという最近の流行を利用してスーパーボウル開催中にHuluとパートナーを組んだ。

これら2つの例に独特なのは、ターゲットを絞っているか、驚きがあるかのいずれかであるということだ。こうした大きなイベント期間中に多くのキャンペーンが的を外しているポイントがある。それは「大衆へのアピール」という要素だ。小さな画面を通していかに多くの人にインパクトを与え、リーチするにはどうしたらいいのか?30秒のオンエア時間で525百万ドルをはじき出すというのは、マーケターたちにとっていかにプレッシャーであるかわかるだろう。

適切なときに、適切な人をターゲティング対象にする

ここで「Authenticity(オーセンティシティ=真正性)」について話したい。オーセンティシティとはよく聞かれる言葉だが、あえてここで繰り返したい。ブランドやアイデアにオーセンティシティがあること(真似ごとでなく、独創性がある)は、忠実なフォロワーを創り出すのに最も効果的な方法の1つだ。スーパーボウルの広告の多くは、ブランドのオーセンティシティがあまり感じられなかったために失敗してしまっている。

例えば、Expensify(自動経費精算アプリ)の広告は、私には空しく響いた。会社や会計事務所が使う経費精算アプリについての広告をスーパーボウル広告で見る必要があるのだろうか?この広告で、人事プロフェッショナルや財務チームへ本当にリーチできているのだろうか?果たしてこのスーパーボウル広告が、私にこのアプリを使いたいと思わせる動機付けになるのだろうか?私の会社が使うアプリを私が決定するわけではないし、よほど強く必要性を感じなければ、当社のプロバイダーを変えるように従業員に指示することはないだろう。私自身、実際にそれらのサービスを使って会社で働くプロのビジネスマンなのだから。

ときめき(英語では、spark joy、コンマリのトレードマークでもある表現)を与えられないなら、少なくとも独創的、戦略的、そして緻密である必要がある。そうすることでマーケターや広告主は消費者、愛用者、そして新しいものを最初に利用してくれる顧客に対して直接語りかけるチャンスを持つことができる。そのチャンスを無駄にする手はないだろう。人々の注意の向かう先がかなり断片化してきた今、送るメッセージはより研ぎ澄まされ、正しいタイミングで届けられる必要がある。むやみに大きなことをやるというのではなく、自分が話しかけている相手は誰で、彼らにとって何が大事なのかを正しく知るまでは磨きをかけておくべきだ。万人を喜ばせることはできないが、少なくとも自分が知っているオーディエンスとつながる道筋を作ることはできるだろう。

Contributed by: Dan Silver
寄稿者:ダン・シルバー

Dan Silver

ダン・シルバーはGroundTruthのマーケティング部門バイスプレジデント。戦略的ポジショニング、デマンド・ジェネレーション、ブランディング、およびコミュニケーションをはじめとするGroundTruthのグローバルマーケティング活動のあらゆる機能を統括。